- 〜日記のようなコーナー〜
- 2001年6月8日
- 銀歯の延べ棒
- 歯医者通いもついに半年目に突入。週に一回しか予約がとれないせいもあるが、ムカシ詰めた銀歯と本物の歯との境目からムシ歯が進行しているとかで、銀歯はずしちゃあ詰め直し、がもうかれこれ5本は続いている。
- 乳歯から永久歯に生え変わる順番がいけなかったのか、歯並びが悪い。歯磨きはしていたつもりだが、高校生ぐらいまでにほとんどがムシ歯になっていた。友人は「銀歯が30年近くも持ったことでも良しとすれば・・・」と慰めてくれるが。
- いつも気になるのだが、はずした銀歯はどこへ行くのだろう?はずしてムシに食われた部分を削ると、サイズがもう合わないから、新たに大きいのを作り直すことになり、元のは使えない。私はどうも貴金属の価値にうといのだが、銀歯を入れた日は明らかに高い請求をされるので、価値があるにちがいない。再度溶かして誰かの銀歯になるのだろうか?歯医者のネックレスにでもなるのだろうか?銀の延べ棒になって金庫にしまわれているのだろうか?
- 2001年6月1日
- 猫への片想い
- 「猫への詫び状」(新潮社)という本を読んだ。
飼っていた猫の臨終場面など、主に「猫との別れ」をいろんな人が語っている。
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- 病気で手術して数日で死んでしまったら、こんなことなら1カ月でも家で過ごさせてやったほうが良かったのではないか?と思う。手の施しようが無く家に連れ帰ってからも、病院に置いたほうが栄養をとらせたりして、少しでも長生きできたのではないか?と思う。事故に遭えば、家から出さなきゃよかったと思い、自分が出かけている間に亡くなれば、行かなきゃよかったと思う。
- 皆一様に「ああしてやればよかった」と言っているのが印象的だった。端から見ると「もうこれだけしてやったんだから充分だろう」と言ってあげたくなるくらい、愛情を注いでいるのに、だ。
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- 猫に限らず、愛情には限りが無いのかもしれない。
ストーブに石油を入れたり、ポットに水を入れるように
「FULL」の目盛りがあるわけではない。
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- 動物は生まれたら死ぬまで生きようとするだけだと思う。しかし20年も人間に飼われた猫は、もしかしたら何か考えているようにも思える。死に際に彼等が何を言おうとしているのか。
「痛いよ、助けて」
「放っておいて」
「充分だよ、ありがとう」
猫とのそれまでのつながりから、あくまでも飼い主が自分で感じ取るにすぎない。
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- 猫の言葉を聞いたひとは誰もいない。
どんなに愛しても答えがかえってこない、
人は猫に永遠に片想いをしているみたいだ。
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