- 〜日記のようなコーナー〜
- 2002年3月30日
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- 救急車事件
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- 救急車事件のこと、「カゼがお腹に入った」ってやつで、2月の末から税金の申告だの急ぎの仕事だので相当疲れがたまっていて、抵抗力が落ちてやられちゃったのだ。ここ2〜3日ですっかり良くなった。
- しかし先週は1週間以上たっても、激しくはないが腹が痛くなったり下痢をしたりで、あまり良くなった気がしなかった。また病院に行ったほうが良かったかもしれないが、気が進まない。胃腸の検査は若いころやり尽くした感があり、この先は「大きな病院へ行け」「レントゲン」「胃カメラ」と時間をとられるのが想像ついて、それでかえって胃が痛くなる思いがする。
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- 「かかりつけの病院は?」ということで、診察券を持っていた近所の病院に運ばれたわけだが、考えてみたらそこには腹痛で行ったことが無かった。ということは、今の地域に引越してから8年ぐらい大きな腹痛はおこしていないようだ。
- これは別に今の地域が住みよいとかいうわけでなく、前に入院したのが14年前で、その後正社員をやめて契約社員のようになり、通勤時間がやや楽になった。そしてさらに今の下請けとして在宅勤務となり、ずいぶん自由になった、それが身体に負担がかからなくなったのだと思う。
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じつは救急車のことをある掲示板に書いてしまって、あちこちに心配をかけてしまった。それだけでなく、ちょうど友人宅でごちそうになって帰ってきてその晩であったため、呼んでくれた友人にも迷惑をかけてしまった。掲示板に書くべきではなかったと反省している。
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- なぜ書いてしまったかというと、23日夫とともに参加しているアンデスの楽器のグループの練習を休むにあたって、皆には「体調をくずした」と言ってもらったのだが、ほんのちょっと前に「こんな難しくて疲れる練習なんか本当はいやだ!」みたいな発言をしてしまったので、今休むとそのまま「もう来ないのかしら」と心配されるかな?と思った。(かえって心配かけることになってしまったが)
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- また、もうひとつ。結婚してからというもの、ちょっと体調悪い様子をみせると「オメデタではないか?」と、とくに年ごろの女の子などにはウワサの種にされているのではないか?と、なんだか勝手に想像してしまい、精神的に苦痛で、我慢できなかった。
- 結婚してから「結婚しないの?」「紹介しようか?」「この人と会ってみない?」の攻撃から逃れるようになって本当に楽になった。しかし今度は「赤ちゃんは?」である。最近は昔の日本人ほどはうるさくはなくなったようだが、それでも一人に一回しか言われないとしても、三人に会えば三回言われた勘定だから、うとましい。ま、それも言われた相手によっては気になったりならなかったりするものかもしれないけど。
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- 2002年3月24日
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- 欠席小学生のような
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- 久々に連休何もせずに過ごす。行かなきゃ!やらなきゃ!と思っていたことすべてすっぽかし。24日終了の展覧会数箇所見逃し。知人のイベントの手伝いもアウト。行こうと思えば行けたかもしれないが気力がない。
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- さきおととい、帰宅してからずっと腹痛下痢嘔吐悪寒で動けなくなって救急車を呼んでもらう。救急車は小6の時盲腸手遅れで腹膜炎を起して以来だ。腹膜炎のあと、二度腸閉塞で入院していて、その時の症状によく似ているので、ヤバい、来たかなあ、そうすると、2〜3日入院点滴のみ絶食の治療だなあ、と思いつつ、病院で点滴を打ってるうちに痛みは治まってきたので、家に帰された。しかし高熱と下痢がいっこうにおさまらず、まる一日寝るかトイレかで過ごす。
- 翌日熱は下がり下痢ながらも空腹を感じるようになり食べ始める。しかしダルくて出かける気にならず、本を読む、とすぐ眠くなる。そんなわけで今に至る。
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医者がいうには「ウイルス性腸炎」だそうで、カゼの一種か?
- そういや先月からノドに何か詰まった感じがして気分わるく、耳鼻科の医者にいったらいきなり鼻にクダを突っ込まれて、ウデに5箇所ひっかき傷をつけてアレルギー検査をされた。季節柄花粉症だと決めてかかっているが何も反応がなかった。結局「喉の炎症をおさえる薬」をもらって帰った。それはもしかしてカゼだったんだろうか?しかしカゼならカゼらしくセキでも出んかい!
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- 2002年3月14日
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- 音楽の来た道順
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- こっちに先に出会っていたなら・・・。
ってこと、よくありますな。とくに男女間の話しなんかに。
いや、そっちの話しはワシのキャラでないのでパスぢゃが。
音楽の話しなのですぢゃ。
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- 1999年にパレスチナに行ったとき、ほんとにストレス続きだった。
いろんな不安があったのもあるし、半ば仕事で行ったのもあるが、
音楽になじめなかったのが何よりキツかった。
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アラブ音楽のすべてのヤル気をなくさせるよーな、
デロンデロンした(当時はそう感じたのだ)歌声やノリにくいリズムが、
自分が普段好きで聴いていたいわゆるアンデスの音楽や、
口ずさみやすいラテンや、明るいサルサ、とはほど遠い感じがした。
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- せめて毒にも薬にもならなそーなアメリカンポップスやロックでも
- たまには流れてても良さそうだが、なにしろ、ほら、
- はっきり言ってパレスチナの敵だもんねアメリカは。
そんなわけで、市場に行こうがレストランに入ろうが、アラブ音楽ばっかし。
これにはイライラした。
- ところが、翌年2000年、南米全土でコロンビア人(だったかな?)の
シャキーラという若い女性歌手の、若干アラブ風の歌が大ブームで、
ベリーダンスとランバダの間みたいな踊りを踊りながら唄うのだが、
- それは全然ヤじゃなかった。
- アラビア語は全然わかんないけど、スペイン語なら馴染んでいたからかな?
- とも思ったが、シャキーラが唄ったのは一瞬で、歌詞なんか聴き取れてなかったから、
- やっぱりリズムが純粋なアラブ音楽とは違っていたからだろう。
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- それから、最近偶然聴いたフラメンコの「カンテ」に感動してしまったのだが、
所々、おや、これってコーラン?みたいに感じる部分があった。
ほとんど即興でかき鳴らしてるようなギターに、歌い手が個性的な節回しで歌をつける。
その節回しのちょっと長めにのばした時が、
ちょうど早朝〜晩までに1日5回モスクから流れてくる(確かアザーンというのだ)
コーランの一節を読む声みたいだなあ、と思った。
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- フラメンコはジプシーから生まれ、ジプシーは砂漠の民、砂漠の民はアラブから流れてきた。
ジプシーといえば、ジプシーキングス、けっこう好きじゃん!
ジプシーキングス→フラメンコ→アラブ音楽
と、こっちの流れをもっと早くわかってたら、も少し気分よくいられたかなあ・・・、
とちょっと思った。
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