- 〜日記のようなコーナー〜
- 2004年5月25日
- 怒濤の週末〜前半〜
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- GWの移動もなかなかハードだったが、それを報告する間もなく、いろいろあった3週間。
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- その前に・・・GW前の週も入れておかないと話しがつながらないか。
- 4/14にボリビアから杉山さんという向こうにずっと住んで民族音楽をやってる人
- (「ボリまん」にも登場する)が帰国するのを成田まで迎えに行く。
- そこから東京には寄らずに福岡(博多どんたく。今年は我々は行かない)に行くというので、
- 食事をしながら打ちあわせ。何をかというと、杉山さんが自主制作するCDのデザインをして、
- GW前にCDプレスを発注し、5月に予定されるイベントに間に合わせたい。
- で、そのCDのデザインは休み前になんとか完成し発注。
- でも、工場の休みを挟んでるし、本当に制作できるんだろうか?
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- 5/1 5/2
- 私は家にこもって仕事。ダンナも週末は仕事なのでまあ、ちょうど良いか。
- どうもこの仕事(デザイン・版下業)、普段はヒマなのだが人が休む時に忙しくなる。
- まあ、平日は社員で用が足りるが、休日出勤させるにしのびず、外注に出すのだろう、
- そういうわけで、私のとこには「休み明け提出」というのがやってくる。
- 私も、そういうのを入れないと最近は仕事が少なくてキツい。
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- 5/3
- 早朝出発の予定がついついモタモタして8時過ぎになってしまう。
- 北軽井沢に知り合いがレストランをオープンするというので、そのお祝いがてら食べに行こう、
- どうせなら「軽井沢のGW」を満喫しよう!ということで、ペンションも予約した。
- 午前中に、妙義山の近くでお花を栽培しているダンナの弟の所に寄る。
- あそこにはカワイイ鉢植えがあるから、北軽井沢のレストランってのにピッタリだ!
- というわけで、早速ハウス内を物色。折しも「母の日」を控えて出荷に大忙しのところ、
- たいへんお邪魔をしてしまった。申し訳ない!花は思った通りラブリ〜!
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- そこから北軽井沢まで、そんなには遠くないはずだが・・・
- ・・・・ナメていた。GWを。そして、軽井沢を。
- 渋滞である。
- いつ着くんだ〜レストランにはたどり着くのか〜あきらめてどっかで食べちゃうか?
- と言いつつ、ヘロヘロになって到着。なんとかランチタイムにすべり込む。
- レストランは大盛況。オーナーもヘトヘトになっている。
- 料理は大盛りでなかなかウマい。完全バリアフリー設計になっていて、ゆったりして良い雰囲気。
- 友達のバンドがGW中そのレストランで演奏するため、合宿生活しているというので会いに行く。
- 「オレもついに痛風になった」とオヤジ臭い話題で盛り上がっている。なさけない。
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- 演奏が夜からなのと、ペンションの食事までまだ時間があるので、浅間牧場へ。
- 広い。牛の泣き声が聞えるが姿が見えない。日が傾き始めた頃、牛の世話係の人が通りかかる。
- もう遅いから牛は小屋に入ってしまったのか、と訊くと、なんと今放牧させたところだそうだ。
- 牛は夕方から夜にかけて放牧し、一晩中草を食って、朝小屋に戻り、昼間暑い時間は寝てるそうだ。
- 牛が夜行性だったとは知らなかった!!
- 牧場では結局牛しか見られず。売店の方に行くと、小さい小屋がいくつかあって、
- 山羊、ポニー、兎などがいた。乗馬コーナーに馬が3頭いて、山盛りウンコをしていた。
- ここんとこずっと「馬が飼いたい」と言い続けている友人がいるが、
- 毎日こんな大量にウンコをするんだぞ!と教えてあげようと思う。
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- ペンションに戻り夕食。ネットで予約する時、お手ごろな値段の所はすでに満室だった。
- なので、「本格的フランス料理!」につられて、ちょっと高めだったが予約。
- 確かに美味であった!ダンナはワインが超うまい!とおかわりしている。
- 案の定、部屋に入るなり爆睡。大いびき・・・。というわけで、演奏を聴きのがす。
- 翌朝の朝食も豪華。でもこのままではただの「食い道楽の旅」である。
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- 5/4
- 浅間火山博物館に行く。最近なぜか「あさま」づいている。(4月参照)
- 浅間山荘にでも行ってみるか?とも思ったが、どこにあるのか(今もあるんか?)調べていないのでボツ。
- 博物館のウラから「鬼押出散策コース」があり、歩き始める。
- 溶岩と植物の作り出す異様な風景に、最初のうちは興奮して写真を撮りまくっていたが、
- そのうち飽きて疲れてきた。広い。広すぎる。しかも他に誰も客がいない。
- やっと博物館に戻り、そばを食べて出発。
- それから「おもちゃ博物館」と、「絵本美術館」に立て続けに寄る。
- 面白いが疲れた。解説の文字を読む気がしなくなってきた。
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- いつの間にやらどしゃぶりに。いよいよ帰路につくが、またもや・・・
- ・・・・ナメていた。GWを。そして、軽井沢を。
- 渋滞である。
- 高速に乗ってからは、運悪く事故渋滞。サービスエリアで食事しがてら一休みしたら、
- サービスエリアに次々入ってくる車で出るに出られなくなる。
- やっと高速に出たが、やはり一向に進まないので一般道に降りる。
- 夜11時過ぎなんとか家に到着。翌日の用意。翌日は・・・
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- あまりにも長いので後半に続く・・・。
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- 2004年5月25日
- 怒濤の週末〜後半〜いろいろリンク付
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- 5/5
- 昼から府中で「カントゥ・フォルクローレ連酩」の練習に行く。
- ダンナが「世話人」であるため、何があっても行かねばならない。楽器とともに詰まれて行く。
- グループの説明については下(5/8)を参照。
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- 5/8
- 昼から江東区まで「ロス・ムシス」の練習に行く。
- ムシスというのは、関西のフォルクローレ愛好者(ポニタさん)の掲示板で、何かの拍子に出来たグループで、
- メンバーは日本中に散らばっており、課題曲を決めて各自練習、年に数回(オフ会兼ねて)会って合わせる、
- しかも、いきなりイベントにも出てしまう、という常識では考えられないようなバンドである。
- 大半の人は、自分のホームグランドがあって、バリバリ演奏経験を積んだ人なので、
- どんな楽器でも、どんな曲(ただし、南米のフォルクローレ)でも弾きこなしてしまう。
- そんな中に、ほとんど楽器にも触ったこともないような私が、なぜか入り込んでしまったのである。
- で、そのムシスは兵庫県の三木山フォルクローレ音楽祭というのに、3度目の出演なのだが、
- 私は今回初めて参加することになった。
- 案の定、練習会はすでに楽器のできる人に紛れて「ケーナを吹くフリの練習」になる。
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- 夕方より府中に移動して「カントゥ・フォルクローレ連酩」の練習に行く。
- これまたフォルクローレ・グループなのだが、上記のムシスと違って、
- もっと大昔の弦楽器が入らない笛と太鼓だけの、いかにも田舎の村祭りの音楽っていうやつで、
- で、こちらのグループでも初めて三木山フォルクローレ音楽祭に出演することになったのである。
- こちらはレンタカー借りて11人のメンバーで出かけることになっている。
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- 5/13
- 杉山さんのCDが完成。なかなか良い出来。
- 去年帰国された時にCD-Rを置いていかれたのだが、理由は知らないが、
- CD化できずに寝かせてあった。それがイイ曲ぞろいなので、友達にも聴かせたい!
- でもまさかコピー取るわけにいかず、家でヤキモキしながら聴くだけだったが、
- やっと日の目を見ることになった。
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- 5/14
- 杉山さんが東京入り。焼き肉パーティー。といっても3人で。(やっぱり何かにつけて食っている)
- 明日早朝に来るのが難しい山梨のメンバーも仕事を終えて泊まりに来る。
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- 5/15
- いよいよ三木山フォルクローレ音楽祭の前日、朝8時に武蔵境のロイヤルホストに集合。
- レンタカーと乗用車の2台に乗り込み、夕方、大阪のフォルクローレ愛好者との交流会を目指す。
- お好み焼き屋で飲み食いの後、フォルクローレの楽器屋さん「カサ・デ・ラ・パパ」に移動。
- いいんだろうか?こんなに騒いで。どう見ても普通のマンションの一室である。
- しかし「防音設備はバッチリ」とのお言葉に甘えて、ドンチャン騒ぎする。
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- 5/16
- 朝、大阪を発ち、兵庫県三木山森林公園へ。大雨。
- 野外とホールの2ステージの予定だったのが、室内ホールのみとなる。
- 上記「ロス・ムシス」は、そんなわけで当日初対面の人とも挨拶する間もなく練習。
- しかし出番の早い「カントゥ・フォルクローレ連酩」の衣装の準備がまた大変なのである。
- 3月に行ったダチョウ王国で買った羽根を、ここで使うのである。
- 頭の上に乗せる台座に羽根各2枚を結び付けた竹ひごを32本刺す。それを4組。
- そのうちのひとつを私がかぶることになってしまった。
- 男のメンバーは大型楽器や太鼓を叩かねばならないので、小型楽器の女性がちょうど4人いたため、
- 4人が羽根係となったのである。(演奏の模様は、また後ほどリンクします。)
- あっという間に演奏終わり。準備や片づけに追われて他の人達の演奏がまったく聴けなかった。
- 打ち上げする暇もなく移動。有馬温泉に宿泊予約を入れてあるのだ。
- 夜、旅館近くの居酒屋三五郎で、やっと打ち上げ。
- 目の前で作ってくれる料理が美味い!!とくに揚物は人に作ってもらうのが最高だ!
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- 5/17
- 温泉を出て、六甲山へ。
- 「六甲おろし」で有名なくらいだから、槍ケ岳みたいな険しい山かと思ったら、
- 東京でいうところの愛宕山のような。
- そこの「高山植物園」「オルゴール美術館」を見る。
- 眠くて展示品に集中できず。しかし展示品によるコンサートが始まると、大音響に驚く。
- フル・オーケストラばりの、このバカデカいオルゴール、
- いったい何のために作ったのか?という話しをメンバーとする。
- 「金持ちが、いつでも好きなときに音楽を聴くためだろう」
- 「金持ちならオーケストラを雇えば良い」
- 「人間だと、いざという時チューニングだ何だとじれったいからだろう」
- 答えは、ダンス・ホールに設置してあったそうだ。
- なるほど、奥行きせいぜい1mで済むし、踊れるスペースが多ければ多いほど良い。
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- ジンギスカンを食べて、いよいよ東京に帰る。
- そして、またしても・・・・・懲りずに、いや、懲りていようがいまいが、
- 渋滞である。
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- 5/18
- すでに日付が替わって深夜2時東京着。予定ではそれぞれの最寄り駅で落としながら帰るはずだったが、
- 終電に間に合わなかった5名が家に宿泊。
- 寝たか寝ないかで、6時に起きて、出勤準備の方も・・・素晴らしい。社会人の鏡じゃ〜。
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- 夜、杉山さんが明日ボリビアに発つとのことで、去年の滞在時に行きそこねたラーメン屋へ。
- ふと気付くと、家の中にやたらとお菓子やお酒がある。
- 九州限定の明太子プリッツや、普通の乾き物のほかに、
- 東京みやげとしてメンバーが持っていったものも多数あるではないか!
- 真相は、カサ・デ・ラ・パパの前夜祭で飲み食いした残りを、
- 夜まとめて袋に詰めて、三木山公園で皆に出そうと思っていた物を、
- 楽器といっしょに車に積んでしまい、当日出し忘れ、そのまま東京まで運んでしまったらしい。
- 杉山さんのボリビア行き手荷物に詰め込むだけ詰め、あとは次回の練習に持っていくことにする。
- しかしそれまでダンナが食べずに置いとけるか不安。
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- 5/19
- 午前中に実家から宅急便が来るはずになっていたが、来ないので(イヤな予感)出発
- 杉山さんを成田に送りに行く。最後の日本食はコレ!ということで、寿司を食う。
- 見送って戻る道が・・・また・・・・・また・・・・
- 渋滞である。こればっかり。
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- 家に戻るとすでに夜8時過ぎ。宅急便の不在票を見てる最中に親から電話。
- 「届いたか〜?フキの下ゆでしたのは早く煮たほうがいい。ミツバはすぐしなびるから・・・」
- 送るなよ!夏に!そんな傷みやすいもんを〜〜!
- 再配達してもらい、あわてて水につけるやらスジ取りやら、
- フキの煮物を作る。まあまあの出来。母に感謝および陳謝。
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- そんな感じで、怒濤のような5月である。
- 5/22、23はクラス会に行ったりと、まだイベント続きだがこれはあんまり話しがつながらないので省く。
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